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吹奏楽やアンサンブル楽譜の出版を行うムジカ・エテルナ合同会社のブログです。出版作品をちょっと変わった角度から紹介したり、新作の発売情報をいち早くお届けしたりします。演奏会の情報なども告知していきます。

スーザの創作と生涯⑥ ~「海を越える握手」

こんにちは!ムジカ・エテルナです。

 

ムジカ・エテルナから出版されます

「スーザの名曲マーチ特集」として石原勇太郎氏に執筆を依頼させていただきました

スーザの生涯と創作についてのコラムを、第六弾をお届け致します!

 

この機会に、スーザに対する見聞を少しでも広げていただけましたら幸いでございます。

それでは、スーザの創作と生涯。そして今回取り上げるのは「海を越える握手」です。

それでは、早速詳しく迫ってみましょう!

 

 

アメリカの作曲家ジョン・フィリップ・スーザ(1854 – 1932)は、「行進曲王」という二つ名で、世界的に知られている。しかし、彼の生涯と創作活動が(特に日本では)同時に語られることは、ほとんどない。そこで、ムジカ・エテルナ合同会社が販売する、スーザの楽譜の解説として、あまり知られていない、スーザの生涯と創作について取り上げることにしよう。

 

スーザの創作態度

行進曲のみならず、多くの作品を作曲し続けたスーザ。そんな彼は、自身の創作について語ることが少なからずあった。例えば、《星条旗よ永遠なれ》について。この曲が誰に影響されて作曲したものなのかを聞かれた際には「神にです」と答えた。また、自叙伝“Marching Along”には次のようなことをスーザは書いている ―『自分こそは作曲家であると考えている作曲家も、天上の神からそのインスピレーションを授かっているのだと信じなければなりません。このことは、私が人生の信条とすることなのです。真の作曲家は神の存在を信じるものなのです』。

このように、スーザは作曲において、まず何よりも神の存在を大切なものとして意識していた。

 

スーザの行進曲を吹奏楽で演奏していると、スーザはフラット系の調を好んでいたように感じるかもしれないが、実際にスーザは、特定の調を好むようなことはなかった。スーザが最も意識していたことは「演奏しやすい」調を選択することであった。そのため、B管やEs管などの楽器が多い吹奏楽のために、スーザはフラット系の調を選択して作品を仕上げたのである。そのため、場合によってはピアノリダクションされているスーザの行進曲の中には、吹奏楽版ではフラット系の調で書かれていたものが、シャープ系の調に移調されているものも存在する。

 

海を越える握手

1898年に勃発したアメリカとスペインの戦争、いわゆる米西戦争は、アメリカの勝利終結を迎えた。この戦争は、ヨーロッパでは賛否両論となっていた。そのことを知ったスーザはある晩、ひとつの言葉に出会う。それは「とある考えが私の心をよぎった ― 永遠の友情を約束しよう」というものだ。この言葉はイギリスの外交官・作家のジョン・フッカム・フレアによるもの。この言葉に何かを感じたスーザは、すぐに新しい行進曲に《海を越える握手》という題名を付けた。1899年のスーザバンドによる初演は大成功で、聴衆が足を踏み鳴らし興奮し続けたため、3度も演奏を行ったと言われている。

 

《海を越える握手》は、F-Durを主調としているが、その独特な和声付けにより、単に明るい雰囲気に終始する行進曲ではなくなっている。

すでに前奏から、F-Durの平行調であるd-Mollのドミナントが示唆され、前奏の最後には、明確なd-Mollのドミナントで半終止する。続く第1マーチはd-Mollのトニックで開始し、すぐにF-Durへ移行する。この調の配置が、《海を越える握手》の、一聴して不思議な雰囲気に影響している。第2マーチは一転してF-Durが支配的 ― しかし、d-Mollの影は確実に存在する。トリオでは、付点リズムが心地よい揺れを生み出す。短調のエピソードを経て、トリオが繰り返される。ピッコロの軽やかな装飾が付点リズムと豊かな対比を描き出す。

 

「とある考えが私の心をよぎった―永遠の友情を約束しよう」という《海を越える握手》の要とも言えるこの美しい言葉は、本作の初版楽譜の表紙にも印刷されている。

文章:石原勇太郎(音楽学)

 

ムジカ・エテルナから販売されている《海を越える握手》の楽譜はこちらからご購入いただけます♪

フルスコアのみの販売もさせていただいておりますので、是非この機会に選曲の参考にしてみてはいかがでしょうか?

 

 

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